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三十代のオッサンがネット記事やら日々の事柄について不定期に日記を書くブログです。 

田舎を美化したがる思想が終わっている

限界集落株式会社 | NHK 土曜ドラマ

日本の田舎が温かい何かだとか考えている連中が終わっている

 

元々、村社会での因習やらロクでもない風習も数多く作り出してきた闇の部分は見ないことにしているようだ

別に都会や街が素晴らしいとか言わないが自然豊かで利便性が劣悪で低賃金な環境が好きなら勝手にいけばいいのだ、都会よりも人情があふれているなら移住すればいい、土地は安いし家賃だって安いのだから

 

どうして限界集落化するか?社会的にも金銭的にも人間関係においても問題がなければ破綻などは決してしないだろう。人員が流出しっぱなしの会社みたいなもので、間違いなくブラック企業、この場合はブラック集落なのだろう

 

リンク先のドラマは農業で復興みたいなことを掲げているが、正直な話で言うと農業とか畜産というのは非常に胡散臭いジャンルの業種である

 

なんで?美味しい野菜や美味しい肉を作っているじゃないか?

それはそうだが、それで大幅な利益率を出そうと思うとどうなるかという話だ(適正価格で卸している農家や畜産家は、すこぶる真っ当な商売です)

 

原価(人件費や種や家畜)は一定水準で推移しているのに、最終製造物だけ何らかの方法(ブランディング)で高価格にして売ることでしか利益率を上げられない

バイオテクノロジーや機械化を駆使した農業ですら大資本でも高利益が出ないのに個人レベルの農家が真っ当な方法でどうこうできる次元ではない

 

では農家が高付加価値を付けるのはどうするかというと、美味しさやら栄養価ということになるが、5倍美味しいから5倍の値段で売っているわけでもない

栄養価に至っては生で食うならともかく調理後の変化やらまで含めたら、どれだけ違うことだろう。そもそも自然の恵みに定量的効果なんて期待していいものなのか?

 

ワインについては心理学や経済学の観点から味覚や価格に関して、いくつかの研究で取り上げられている。多くの場合、人間の味覚は不安定で同じ人間が同じものを試しても異なる結果になることがままある

 

科学的には人間の味覚は曖昧だ。高名なワイン評論家ですら環境や価格・他人の意見で結果が変動してしまう。仮に標準的な味覚基準のようなものが確立されたとしても、あなたの味覚が平均的味覚と一致するかどうかを誰も保証できないだろう

 

不透明な付加価値を帯びた商品を、不確実性が高い判断しか与えられていない相手に売りつけて大儲けするというビジネスモデルは真っ当とは言えそうもない

 

限界集落化するような闇を抱えた地域を立て直す農業ビジネスというのはどういうものだろう。ハートフルで人情味の溢れる農家なのかもしれないが、価格と販売戦略については、かなり美味しい(ように錯覚させるプラセボ効果満載)の単価の高い商品を製造するということになるだろう

 

仮に全国の限界集落を立て直したところで、そこに住んでる人間にしか意味がない。

 

善良な農家もたくさんいる。本当の意味で言うならもっと儲かるべきと言える農家もいるはずだ

しかし、そういう人たちは率先して闇環境を構築するような人々ではないと思いたいし信じたい